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 《東京・秋葉原の無差別殺傷事件で殺人罪などに問われた元派遣社員、加藤智大(ともひろ)被告(27)の第10回公判が25日午前10時、東京地裁(村山浩昭裁判長)で始まった》
 《今回の公判では、別の被害者を救護中に加藤被告に刺され、重傷を負った警察官らに対する証人尋問が行われる》
 《前回の公判では、凶器のダガーナイフと警棒の激しい打ち合いの末、加藤被告を取り押さえた警察官が出廷。加藤被告に次々刺された被害者が「みんな、ひざから崩れるように倒れた」「私の胸に向かって突き刺してきた」と緊迫した様子を証言した》
 《降って沸いた惨事の中、必死に被害者を救護していた最中に襲われ、自ら重傷を負った警察官は、法廷で何を語るのだろうか》
 《法廷は、前回同様、東京地裁最大の104号法廷だ。午前から夕方にかけ、警察官のほか、別の被害者1人と目撃者3人の証人尋問が行われる予定だ》
 裁判長「それでは被告が入廷します」
 《午前9時58分、加藤被告が向かって左側の扉から法廷に入った。黒いスーツに白いワイシャツ姿。いつもと変わらない。一度立ち止まり、被害者や遺族が座る傍聴席に頭を下げ、裁判官席に向かっても一礼した。青白い顔から感情は読み取れない。弁護人席の前の長いすに座った》
 裁判長「それでは開廷します」
 《村山裁判長が午前中に2人の証人尋問を行うことを告げた》
 《起訴状によると、加藤被告は平成20年6月8日、秋葉原の交差点にトラックで突っ込み、3人をはねて殺害。さらにダガーナイフで4人を刺殺したほか、10人にけがを負わせたなどとされている》
 裁判長「それでは、甲号証の取り調べを行いたいと思います」
 《裁判長が、検察官によって当時、秋葉原を管轄する万世橋署交通課に勤務し、加藤被告に刺され、重傷を負った○○警部補の供述調書が読み上げられることを説明する》
 検察官「私は、万世橋署交通課に勤務し、長男が独立したため、妻と長女の3人で暮らしていました」
 《20年6月8日当日、○○警部補は、秋葉原歩行者天国の交通整理と取り締まり勤務中に車に人がはねられる音で交差点に駆けつけ、人を救護中に男に背中を刺されたという》
 検察官「一時は心肺停止状態になり、あやうく命を落としそうになりました。奇跡的に一命を取り留めましたが、(重傷を負い)脳が低酸素状態になった影響で、記憶が抜け落ち、思いだせないことが多くあります」
 《検察官は○○警部補が事件で受けた影響の大きさを淡々と読み上げていく》
 《○○警部補は昭和48年に警視庁警察官を拝命し、平成18年から万世橋署に勤務。20年4月から交通課交通執行第1係統括係長を務めていた》
 《“オタクの聖地”と称される秋葉原歩行者天国では、アニメのコスチュームに身を包んだ若者や女装した男性、音楽バンドが独特の「パフォーマンス」を繰り広げることが多くなり、歩行者の妨げになった場合に取り締まるのが○○警部補の任務だった》
 《日曜日に当たる事件当日の6月8日もいつものように家を出て電車に乗って署に向かった》
 検察官「4月からずっとやっていた仕事でいつもと同じことをするだけと思いました。危ない目に遭うかもしれないと思ったことはただの一度もありませんでした」
 《当日は女性巡査と取り締まりに当たった。○○警部補は制服姿だった》
 《○○警部補が当時着用していた制服について説明していた検察官は、その後の○○警部補の供述調書を大幅に読み飛ばした。弁護側が「不同意」とした部分のためだ》
 検察官「記憶があるのはストレッチャーで運ばれるところでした。道路の血だまりが目に入りました。サッカーボールぐらいの真っ赤な血だまり…」
 「自分からこんなに大量の血が出たんなら『ああ、終わりだな』と思いました。このまま死んでしまうんだなと。病院に着いたのも思いだせません」
 《その後、○○警部補が気づいたときにはICU(集中治療室)の中で、鼻や口には何本ものチューブがつながれていたという》
 検察官「妻と筆談しようとしましたが、字が書けませんでした。これでは、仕事もできないなと思い、涙が出ました。『何でおれがこんな目に遭うんだ。何でおれが…』と悔しかった。そして意識を失いました」
 《○○警部補は7月31日にようやく一般病棟に移されたという》
 検察官「チューブを外してもらい、久しぶりに自声を出した。他人の声みたいでしたが、話せるようになってうれしかった。そのとき、おなかの傷に気づいて『何の傷かと』妻に尋ねました」
 《妻から手術の跡だと聞かされる。傷は左の肺に達しており、手術中に心肺停止状態に陥ったという。左肺の半分を切除して一命を取り留める。偶然、その日、肺の外科手術を予定していた医師がおり、緊急手術が可能だったことも聞かされた》
 検察官「刃物が数センチずれていたら心臓に達して即死だった。幸運が重なった結果で、本当に運がよかったんだなと思いました」
 《供述調書は事件から約2カ月後の8月15日に作成されたものだという》
 検察官「脳が低酸素状態になった影響で四肢のまひが残りました。将来どうなるか心配です。今は入院中ですが、人ごみに出たときを想像すると、男が走ってきて刺すのではないかと怖くてたまりません。ずっと付き添ってくれた妻と長女には、申し訳なく、そして、ありがたく思います」
 《供述調書は、○○警部補の加藤被告への思いの部分に差し掛かる》
 検察官「加藤被告には、なぜ警察官の制服を着た人間を襲ったのか。警察官と知った上で、これ幸いに刺したのか聴きたい。私は警察官として人を救護していただけ。その見ず知らずの私を後ろから刺した。悔しくてたまりません」
 「7人もの尊い命が奪われました。何の関係もない、罪もない人たちでした。私は幸運に恵まれたことしか違いがありません」
 「警察官として更生が重要と考えてきましたが、警察官の前に一人の人間として加藤被告がにくい。加藤被告は亡くなった方、残された方のことを考えたことがあるのかといいたい」
 《加藤被告は、現場に駆け付けた別の巡査部長に最終的に拳銃(けんじゅう)を突き付けられ、ようやくナイフを手放し、逮捕されたとされる》
 検察官「加藤被告は死ぬのが怖かったからでしょう。死ぬのが怖い人間がどうしてこんなにたくさんの命を奪ったのか。加藤被告は厳罰に処していただきたい。厳罰とは死刑しかありません。でないと亡くなった方が浮かばれません」
 《検察官による○○警部補の供述調書の読み上げが終わった。次に○○警部補本人が法廷に姿を見せた。スーツ姿で白髪が混じる。しっかりした歩き方で証言台に着いた》
 《宣誓の後、男性検察官が質問を始める》
 検察官「平成20年6月8日、秋葉原の交差点で刃物で刺される被害に遭っていますね」
 証人「そうです」
 《はっきりした口調で答える。加藤被告は視線を少し落としたまま、身じろぎもしない》
《事件当日の状況について、証人の○○警部補が語り始めた。警視庁万世橋署の交通課に所属する○○警部補はこの日、女性巡査とペアを組んで東京・秋葉原歩行者天国の交通取り締まりに出かけた。慣れた日常業務のはずだったが、惨劇の現場となった外神田3丁目交差点付近で「ドン」という大きな音を聞き、○○警部補は異変に気づいたという》
 検察官「外神田3丁目の交差点でどんな状況を見たのですか」
 証人「車を見たと思うのですが、記憶にありません。路上に倒れている人を見ました」
 《倒れていたのは、加藤智大(ともひろ)被告(27)が運転するトラックにはねられた人々だ》
 検察官「倒れていた人は複数ですか。男性だったか、女性だったか覚えている点はありますか」
 証人「全く覚えていません」
 《証人尋問に先立って読み上げられた○○警部補の供述調書によると、警部補は加藤被告に刺されて心肺停止状態に陥った影響からか、事件当時の記憶をところどころ失っているのだという》
 検察官「あなたはどのような行動を取りましたか」
 証人「倒れていた方の脈をみたと思います。それしか記憶にありません」
 検察官「脈をみたのは交差点内のどのあたりですか。だいたいの位置を現場見取り図に記入してください」
 《法廷内の大型モニターに、現場周辺の地図が映し出されている。○○警部補は赤ペンで、当時いた位置に丸をつけた》
 検察官「その際、何が起きましたか」
 証人「秋葉原交番の方から走ってくる人が見えました」
 検察官「地図でいうと(○○警部補がいた位置の)右手からということですね」
 証人「はい」
 検察官「その時、あなたは男に対してどの方向を向いていましたか」
 証人「首を左側に向けて男の方を見ていました」
 検察官「男に対して背中を見せていたということですか」
 証人「その通りです」
 《○○警部補はうなずきながら答えた》
 検察官「男の服装など覚えている点はありますか」
 証人「全部は記憶にありませんが、白いジャケットを着て眼鏡をかけ、両手に黒いものを持っていました」
 検察官「その状況を見て、男が持っているものは何だと思いましたか」
 証人「拳銃(けんじゅう)だと思いました」
 検察官「手に持っているものが黒かったからですか」
 証人「はい」
 検察官「その後、どうなりましたか」
 証人「私の背中にドンとぶち当たってきました」
 《この時、加藤被告は手に持ったダガーナイフで○○警部補の背中を刺していた。警部補は“その瞬間”について淡々と語った》
 検察官「当たられて、どうなりましたか」
 証人「前屈みになりました」
 検察官「痛みは感じましたか」
 証人「全く感じませんでした」
 検察官「その状況について、どう思いましたか」
 証人「拳銃を発射したにしては、音がしないので変だと思いました」
 検察官「その後の男の行動で覚えていることはありますか」
 証人「よく覚えていませんが、中央通りを南の方に走っていきました。多数の人の間をすり抜けるようにして、ぶつかりながら走っていきました」
 検察官「その後はどのような行動に出ましたか」
 証人「私も被疑者の後を追いかけようとしましたが、息が絶えてその場に倒れ込みました」
 《○○警部補の負った傷は、肺にまで達する深いものだった。警部補は倒れながら、近くにいた同僚の女性巡査の声を聞いたという》
 証人「巡査が無線機で『係長(証人)が刺された。係長が刺された』と大きな声を出しているのを聞きました」
 検察官「それを聞いて、どう思いましたか」
 証人「『ああ、拳銃じゃなかった。刃物で刺されたんだな』と思いました」
 検察官「その後はどうなりましたか」
 証人「救急車のストレッチャーに載せられ、路面を見たらサッカーボールくらいの血だまりがありました。こんなに多く出血しているんだったら、もう自分はだめだと思いました」
 検察官「だめというのは、死ぬということですか」
 証人「そうです」
 《この後、○○警部補の記憶は病院で目覚めるまで途切れているという》
 検察官「事件について記憶がない部分があるのはなぜですか」
 証人「搬送先の病院で心臓が2、3回止まったと聞きました。心肺停止になったのが、記憶に影響しているのではないかと思います」
 《ここで検察官が事件直後の現場写真を見せ、○○警部補に確認を求めた》
 検察官「今回被害に遭ってから、証人はいつ退院しましたか」
 証人「搬送先の病院に約2カ月入院した後、地元の病院に転院し、最終的に退院したのは平成20年8月です」
 検察官「職場へ復帰したのはいつですか」
 証人「完全に復帰したのは平成21年2月です。それまでは自宅療養などをしていました」
 検察官「今、けがや手術跡の痛みはありますか」
 証人「痛みはありませんが、傷がひきつるような感じはあります」
 検察官「傷は今も消えていませんか」
 証人「残っています」
 検察官「今も不自由していることはありますか」
 証人「退院した当時は、後ろから走ってくる人がいると振り返って身構え、階段も手すりがなければ上れませんでした」
 検察官「どちらかの足が不自由なのですか」
 証人「右足です。ズボンをはくときなどは、何かにつかまらないとはけません」
 検察官「足がうまく上がらないということですか」
 証人「そうです。平坦(へいたん)なところを歩いていても、すごくつまずきます」
 《○○警部補は手術で肺の一部を切除したため、ジョギングなどの激しい運動もできなくなってしまったという。また、記憶力についても「日がたつにつれて、次第に記憶が薄れるような感じがする」と事件の影響を訴えた》
 検察官「事件についての報道は見ましたか」
 証人「なるべく見ないようにしていました。事件のことは忘れたいと…」
 検察官「今回、証人として出廷するのも避けたいと思っていたのでしょうか」
 証人「正直言って、そうです」
 検察官「ご家族に対してはどのように感じていますか」
 証人「本当に迷惑をかけ、大変申し訳ないと思っています」
 《また、○○警部補は事件後に加藤被告から手紙を受け取ったことを明かし、強い口調で加藤被告への思いを語った》
 検察官「手紙は読みましたか」
 証人「1回しか読んでいません。正直言って、身勝手な男だと思いました。自分の責任を転嫁している」
 検察官「責任を転嫁しているというのは、具体的にどのようなことですか」
 証人「自分の母親に虐待されたことなどが(手紙に)書いてありました」
 検察官「被告に対して、言いたいことはありますか」
 証人「私個人としては、あまり言いたくないです。しかし、7人もの命を奪った…。その人たちのことを考えると、極刑しかありません。被害者も浮かばれません」
 《加藤被告は机の上に広げたノートに視線を落としたまま、メモを取ることもなくじっとしている》
 《この後、弁護人が事件当時の位置関係などについて数点質問した後、検察官の○○警部補への証人尋問は終了した》
《事件現場の交差点で救護活動中に加藤智大(ともひろ)被告(27)に刺された男性警察官の証人尋問が終了し、続いて法廷内に遮蔽(しゃへい)措置が取られ、この日2人目の証人が出廷してきた》
 裁判長「どうぞそこにお座りください」
 証人「あ、はい」
 《声からは証人は若い女性のようだ。名前や生年月日を村山浩昭裁判長が確認し、宣誓書を朗読するように証人に告げた。証人は正直に答えることを誓い、女性検察官による尋問が始まった。女性検察官ははっきりと法廷に通る声で質問していく。加藤被告は少し下を向いた状態のままだ》
 検察官「あなたは平成20年6月8日に秋葉原の現場にいましたね?」
 証人「はい」
 検察官「あなたが見聞きしたことを聞いていきます。友達と遊ぶために秋葉原に来ましたね?」
 証人「はい」
 検察官「午後0時25分に駅に到着しましたね?」
 証人「はい」
 検察官「駅では1人でしたか」
 証人「はい」
 検察官「駅に着いてから外神田3丁目の交差点に歩いたんですね?」
 証人「はい」
 検察官「事件直前はどこにいましたか」
 証人「交差点を渡っていました」
 《証人は、検察官にうながされ、法廷の大型モニターに映し出される見取り図に、現場の交差点の横断歩道や自分がいた場所などを示した。事件現場の惨状を目撃した様子が語られ始める》
 検察官「信号は確認しましたか」
 証人「青でした」
 検察官「渡り初めてから何が起きましたか」
 検察官「目の前の人たちが北の方向に逃げ始めました」
 《交差点にトラックが突っ込んできたため、交差点にいた人が、北側にある大型電器店ソフマップ」の方に逃げた様子を証人は説明する》
 検察官「あなたはどうしましたか」
 証人「何が起こったのか分からず、同じように北に逃げました」
 検察官「そこで何が見えましたか」
 証人「トラックが突っ込んでくるのが見えました」
 検察官「スピードはどうでしたか」
 証人「車を運転したことがないので時速何キロとか分かりませんが、すごいスピードでした」
 検察官「ブレーキをかけた様子はありましたか」
 証人「ありません」
 検察官「トラックにひかれている人を見ましたか」
 証人「はい。見ました。車輪に横たわっているようにひかれていました」
 検察官「車輪の近くに人がいましたか」
 証人「自分から見て右側の車輪の下に頭を北側にして人がいたのを見ました」
 《加藤被告が運転していたトラックにひかれた被害者が、トラックのどこで横たわっていたのかを詳しく質問する検察官。トラックの正面からの写真を提示し、被害者がどこにいたのかを書くよう指示した》
 検察官「その後の状況を聞いていきます。逃げた後、交差点の方を見ましたか」
 証人「はい」
 検察官「人が倒れているのを見たときのあなたの位置を書いてください」
 証人「はい」
 検察官「倒れている人がいた地点を書いてください」
 証人「はい」
 《証人は交差点内の横断歩道近くにA、Bと、2人の被害者の位置をペンで記した》
 検察官「あなたは倒れている人を見てどうしましたか」
 証人「Bさんには救助する人がいたので、Aさんを救助しないと、と思ってAさんに近づきました。恐る恐る近づきました」
 検察官「恐る恐る近づいたのはなぜですか」
 証人「もしかしたら死んでるかもと思い怖かったので」
 検察官「Aさんの様子はどうでしたか」
 証人「ぐったりしていました」
 検察官「あなたは何をしましたか」
 証人「大丈夫かを聞きました」
 検察官「反応は?」
 証人「全くありませんでした。急いで専門の人、救急車を呼ばないと、と思い、携帯を取り出して、110番通報しました。119番にかけようとしましたが動揺していて110番にかけました」
 検察官「警察には何と告げましたか」
 証人「事故ですと伝えました」
 検察官「倒れている人の人数を聞かれましたか。何人と答えましたか」
 証人「3人と答えました」
 検察官「先ほどは2人とおっしゃってましたので、もう1人をCと図面に書いてください」
 証人「はい」
 検察官「Cの人には何が起きましたか」
 証人「Cさんを救助しようとしている人に近づいている人を見ました」
 検察官「どんな人でしたか」
 証人「覚えていません」
 検察官「Cさんに近づいている人はどんな人でしたか」
 証人「警備員か警察官のような服装の人でした」
 検察官「制服の人に近づいた人は何をしましたか」
 証人「制服の人にぶつかりました。制服の人は崩れるように倒れました。何が起きたか分かりませんでした」
 《証人は、先ほど証人として出廷した男性警察官の◯◯警部補が、加藤被告に刺されたときの様子を語っていく》
 検察官「何か声は聞こえましたか」
 証人「『刃物持ってるぞ!』という声が聞こえました」
 検察官「その声を聞いて何をしましたか」
 証人「ソフマップの中に逃げました。みんなすごい勢いで逃げました」
 検察官「逃げた後はどうしましたか」
 証人「しばらくして外に出ました」
 検察官「それはなぜ?」
 証人「110番の電話を切っていなかったので、警察官に『状況を教えてください』といわれたからです。交差点の方を見たところ、先ほどより人が倒れていました」
 検察官「何人ぐらいですか」
 証人「5、6人です」
 検察官「何が起きたと思いましたか」
 証人「事故に便乗して通り魔が出たのかと思いました」
 検察官「110番の電話に説明できましたか」
 証人「被害者は何人ですかと聞かれ、『5人倒れています』と答えましたが、『よく分からないです』みたいな動揺した感じで伝えました」
 《証言する証人の声まで動揺の色がみえ始めた》
 検察官「救助している人の様子で印象に残っている人は?」
 証人「そうですね…」
 《証人の声は涙声になり、口ごもってしまう》
 証人「泣きながら救助している様子を見ました」
 検察官「いま泣いてらっしゃいましたが、その場面を思いだしましたか」
 証人「そうですね…」
 《続いて質問は事件で証人が受けた影響に移る》
 検察官「次に目撃したことへの影響を聞いていきます。あなたはコンピュータープログラマーとして働いていましたが、仕事を休むなどの影響はありましたか」
 証人「事件の次の日、仕事を休みました。事件のショックで外を歩くのが怖かったので…」
 検察官「体に変調はありましたか」
 証人「ありません」
 検察官「仕事に影響はありましたか」
 証人「3カ月ぐらいは事件の現場を思いだしました」
 検察官「それでどういう状態になりましたか」
 証人「鬱々(うつうつ)とした気分になりました」
 検察官「どういう場面を思いだしましたか」
 証人「トラックが突っ込んできたり人が3人倒れている場面を思いだしました」
 検察官「事件から2年近くたちますが、現在はどうですか」
 証人「やはり似たような事件があったりすると思いだします」
 検察官「証人として出廷すると聞いたのは昨年の11月ですが、最初はどうでしたか」
 証人「正直いやでした。話すと思いだして鬱々とした気分になるので」
 検察官「それでも出廷したのは?」
 証人「あのとき、何もできなかったので、証言することで遺族や裁判で何か貢献できるのならと思いました」 
 《証人は再び涙声になった》
 検察官「事件をどう思いますか」
 証人「被告人に対しては法律にのっとって人として処罰を望みます。被害者には、あのとき、助けてあげられなくて申し訳ありません」
 《検察官からの尋問は終了、弁護人による質問に移った。証人は再びはっきりとした声で質問に答え始める》
 弁護人「事件当時のことを聞いていきます。交差点にいたとき、ぶつかった音は聞いていませんか」
 証人「聞いてないです」
 弁護人「トラックを正面から見ましたか。まっすぐ突っ込んできて歩道に乗り上げるような位置関係でしたか」
 証人「はい。歩道と車道の境目でトラックを見ました」
 弁護人「(図示した)交差点内を(イ)から(ウ)まで移動したということですが、トラックがハンドルを切る様子は見ていない?」
 証人「はい。そのときは本当に一生懸命逃げていたので」
 弁護人「トラックにどんな人が乗っていたか見ていましたか」
 証人「運転席よりも、ひかれている方の印象が強くて…。運転されている方までは見ていないです」
 《証人の女性は丁寧に言葉を選び、ハッキリした口調で尋問に応じる》
 弁護人「男が走っている様子は見ていないのですか」
 証人「電話しているときはこの場所を伝えるのに一生懸命で。必死だったので、駆け抜けるのとかは見ていないし、分からないです」
 弁護人「男がぶつかっている様子は見た?」
 検察官「異議があります。男が『ぶつかった』ではなく、『覚えていない』と証言しています」 
 《検察官の異議に、弁護人は質問を変えた》
 弁護人「先ほど、制服の人を見たということですが、警察官か警備員だと思いましたか」
 証人「その当時は、警察官か警備員かという判断は…。でも、警備員だと思っていました」 
 弁護人「事件より前に秋葉原に来たことは?」
 証人「秋葉原に来たことはありますが、この付近には来ていないです」
 弁護人「ビルにガードマンがいるかは知っていましたか」
 証人「たまに行くぐらいで、何度も行ったりはなかったので。そういったことはあまり知りませんでした」
 弁護人「尋問を終了します」
 裁判長「午前中の証拠調べは予定通り終了しました。午後は1時半から再開とします。まず被告人が退廷します」
 《午前の審理は終了。午前中の証人尋問でほとんど表情に変化を見せなかった加藤被告は、傍聴席に一礼して退廷した》
 《約2時間の休廷が終わり、午後1時半、加藤智大(ともひろ)被告(27)が向かって左手の扉から入廷してきた。傍聴席に一礼し、弁護人の前の長いすに腰を下ろす被告を見届けると、村山浩昭裁判長が開廷を告げた》
記事本文の続き 裁判長「それでは午後の審理を始めます」
 《検察官が家族3人で秋葉原を訪れ、刃物で背中を刺された男性の供述調書を読み上げた》
 《加藤被告は、ノートを取らず、じっと下を見つめている》
 裁判長「この証人について遮蔽(しゃへい)措置の決定がされています」
 《傍聴人から見えないように遮蔽用の衝立が設置されると、向かって右手から証人の男性が入ってきた。検察官が尋問を始める》
 検察官「あなたは平成20年6月8日、秋葉原で刃物で刺される被害に遭っていますよね」
 証人「はい」
 《証人は、研修のために都内のウイークリーマンションを借りており、6月8日は、訪れた妻と娘とともに秋葉原に遊びに来ていたという》
 検察官「午後0時半には、歩行者天国になっていた中央通りに出ましたね」
 証人「はい」
 検察官「車道上を北に向かって歩いていたということでよろしいですか」
 証人「はい」
 検察官「歩いていたとき、どうでしたか」
 証人「信号が青だったのを覚えています」
 検察官「反対側はどうでしたか」
 証人「車が止まっていると思って見たら、トラックが速度を落とさずに突っ込んできました」
 検察官「どんなトラックですか」
 証人「白いトラックだったと思います」
 検察官「トラックはどんな方向に向かっていきましたか」
 証人「左(西)から右(東)に突っ込んでいきました」
 《証人は現場見取り図を見ながら答える》
 検察官「近づいてきましたか」
 証人「私たちは北に向かっていたので、トラックは横切る形で通っていました」
 《加藤被告は、ノートを取り始めた》
 検察官「エンジン音は聞こえましたか」
 証人「聞こえました。ひときわ高く、アクセルを踏み込むような音でした」
 検察官「トラックは交差点に入ってきましたか」
 証人「はい。トラックは、たくさんの人をはね飛ばして、右の方に走り去りました」
 検察官「どんな音がしましたか」
 証人「すさまじい音でした。ドーンという音がけたたましく、繰り返されました」
 検察官「はねるところは見ましたか」
 証人「見ました」
 検察官「何人見ましたか」
 証人「2、3人です。宙に舞っているような気がしました」
 《検察官は、現場見取り図を証人に示し、赤ペンで位置を示してもらいながら、具体的な質問をしていく》
 検察官「交差点に突っ込んだトラックは、どの程度の速度が出ていたと思いますか」
 証人「50キロ以上だと思います」
 検察官「交差点の中はどうでしたか」
 証人「荷物や人が倒れて騒然とした様子でした」
 検察官「人は何人倒れていましたか」
 証人「3人ぐらいです」 検察官「ハッキリとは覚えていませんか」
 証人「はい」
 検察官「特に記憶に残っている人は?」
 証人「制服を着ている人が、倒れている人に駆け寄って介抱していました」
 検察官「何の制服だと思いましたか」
 証人「警察官だと」
 検察官「その警察官に変わったことは起きましたか」
 証人「ぱっと倒れました」
 検察官「何が起きたと思いましたか」
 証人「その時はわからなかったけれど、刺されたのか撃たれたのか。そんなことを考えました」
 検察官「供述調書では、(警察官が)拳銃(けんじゅう)を奪われたと思ったと書いていますね?」
 証人「はい。後の行動に影響しています。拳銃を奪われたのではないかと思っていました」
 《交差点には「逃げろ」という声が響き、大勢の人が一斉に駆け出し、混乱したという》
 検察官「何が起きたか分かりましたか」
 証人「分かりませんでした」
 検察官「どうしましたか」
 証人「家族に向かって『逃げろ!』と叫びました」
 検察官「なぜですか」
 証人「拳銃を取ったのではないかと考えたからです」
 《警察官が拳銃を奪われたと考えた男性は、身を低くし、下を向きながら逃げたという》
 検察官「周りに倒れている人は?」
 証人「倒れている人がいたり、脱げた靴があったり、なかなか前に進めませんでした」
 検察官「逃げている中で何か変わったことは」
 証人「右の背中に何か当たったと思いました」
 検察官「どんな感触でしたか」
 証人「体の中に何かが入るという感触です」
 検察官「その感触があったときに痛みは?」
 証人「感じませんでした」
 検察官「感触があってからどんな行動を?」
 証人「手を当てて血が出ているのを確認しました」
 検察官「どうして血が出ているのがわかりましたか」
 証人「手を当てたら、血が出ていました」
 《刺された生々しい瞬間を淡々と振り返る証人。加藤被告は、うつむきながら前のテーブルに置かれたノートに何かを書き付けていた》
 《男性検察官は、加藤智大(ともひろ)被告(27)にダガーナイフで背中を刺され、重傷を負った男性証人に事件当時の状況を詳細に尋ねていく。証人は業務研修を受けるため、事件の約1週間前に東京へ単身赴任したばかりで、この日は上京してきた妻、娘とともに秋葉原へ観光で訪れていた》
記事本文の続き 《加藤被告が運転するトラックが人をはねながら交差点に突入するのを目撃した証人は、家族とともに走って逃げる途中、背中に衝撃を感じたという》
 証人「何回か(背中に)手を当ててみると、血が噴き出したのを感じ、これはやられたなと思いました」
 検察官「その後、どういう経路で逃げましたか」
 証人「路地に入っていきました」
 検察官「どのようなことを考えましたか」
 証人「このまま走っていたら、出血多量で死ぬかなと思いました」
 検察官「奥様とお嬢さんはどうしていましたか」
 証人「(逃げている途中)娘の姿は見えました」
 検察官「お嬢さんに声はかけたのですか」
 証人「『やられた』と言いました」
 検察官「どこまで逃げたのですか」
 証人「このあたりまで行って、倒れ込みました」
 《男性は、大型モニターに映し出された現場見取り図を指した。男性が逃げ込んだという路地の西側の突き当たりにあたる場所だ》
 検察官「倒れた際、近くに誰か来ましたか」
 証人「家内と娘と…。周りの人も助けてくれました」
 検察官「奥様には何と言いましたか」
 証人「携帯を渡し、『この人たちに連絡してくれ』と言いました」
 検察官「なぜですか」
 証人「万が一のことを考え、その行動に出たのだと思います」
 《証人は万が一のことを想定し、妻へ重要な知人たちへの連絡を託したようだ》
 検察官「死んでしまうかもしれないと思ったのですか」
 証人「はい。血が止まらなかったので…」
 検察官「このとき、痛みはありましたか」
 証人「痛みもありましたし、呼吸も苦しくなっていました」
 検察官「ほかにどんなことを考えましたか」
 証人「いまやっている仕事とか…家族とか…すべてを考えました」
 《遮蔽(しゃへい)措置がとられているため様子をうかがい知ることはできないが、証人は検察官の質問に落ち着いて答えていく。加藤被告は手元のノートにしきりにメモを取っている》
 検察官「娘さんはどうされていたのですか」
 証人「これは後で聞きましたが、携帯で救急車を呼んでいました」
 検察官「奥様は何をされていたのですか」
 証人「血を止めてくれていました。ビニールの袋で傷口をおさえてくれていました」
 検察官「周囲には他の人もいたのですか」
 証人「はい。『頑張れ』とか、『しっかりしろ』とか…みんな助けてくれました」
 検察官「それを聞いてどう思いましたか」
 証人「うれしかったです」
 検察官「病院ではどのような処置を受けましたか」 証人「レントゲンなどを撮って、止血の応急処置をしてもらいました。病院の名前を聞いたとき、助かるかもしれないと思いました」
 検察官「検査などを受ける際に苦労したことはありますか」
 証人「待っている間は痛いですね。…本当に痛かったです」
 検察官「事件当日の夜に手術を受けたのですか」
 証人「はい。ICU(集中治療室)に5日間入り、後は一般病棟です」
 《証人は6月23日に退院し、7月7日から職場へ復帰したという。検察官に「体調が万全になったと思えた時期は?」と尋ねられると、「8月に入ってからです」と答えた》
 検察官「今、傷の状態はどうですか」
 証人「外科的に言う完治状態です。今でもつっぱり感があります」
 検察官「傷がひきつると何か起きますか」
 証人「すべてフラッシュバックします。いま申し上げた内容全部が、です」
 検察官「ほかに事件のことを思いだすことはありますか」
 証人「トラックがそばを通り過ぎたときや、人ごみに入ったときです」
 《ここで検察官は、加藤被告が事件後に被害者へ送った手紙について質問した》
 検察官「被告から手紙が届いたことはありますか」
 証人「来ていたようです」
 検察官「それは、どういうことでしょうか」
 証人「内容を見ていないからです。そのまま警視庁に提出しました」
 検察官「差出人は?」
 証人「弁護士さんだったと思います」
 検察官「中を見たいとは思いませんでしたか」
 証人「見ない方がいいと思いました。こういう公正な場に出る前に予備知識をつけたくなかったからです」
 《最後に検察官は、男性に「いま、事件について思うことはありますか」と尋ねた》
 証人「たくさんの方が亡くなられ、その方々に哀悼の意を示したい。被告には反省してもらいたいと心から思います」
 《さらに、過熱した事件報道についても言及した》
 証人「報道機関の方々には、家族がこういう目に遭ったらと考えていただき、ちゃんと考えて報道をしてもらいたいです。あまり興味本位で報道はしてほしくありません」
 《代わって弁護人が質問に立ち、証人が逃げた経路などについて確認。最後に弁護人が「今後、手紙を読んでいただけることはあるのでしょうか」と尋ねると、証人は「ちゃんと結審したら読ませていただきます」と答えた》
 《ここで証人尋問は終了し、裁判長は約20分間の休廷を告げた》

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/395207/
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/395242/
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/395268/
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/395331/
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/395334/
http://megalodon.jp/2010-0727-1504-17/www.iza.ne.jp/news/newsarticle/event/trial/394789/
Σ:)<いや! これは凄い公判記録!
要約がかなり上手いですね。
Σ|D<編集技術と報道技術がうまい
若いのにがんばって書いている
Σ:)<なんつーか、こんだけの表現技術があるなら小説書けるんじゃないの?
……既に書いてたりしませんかね?

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